「暁の喪女」はあがき倒す。

30代後半喪女があがき倒しながら今日も生きている記録。

「暁の喪女」は、整形はしないと決めている。

「暁の喪女」は、整形はしないと決めている。

どんなにお金ができても選ばない選択肢だ。

 

私は圧倒的に父に似ていた。

気質的にも、そして顔も。

正直言って、あまりラッキーなことではなかった。

何故かというと、私の母はむしろ「美人」のジャンルに入る顔立ちだったからだ。

そりゃあ似るのなら、母親の方がよかった。

「○○ちゃん(本名)のお母さんキレイ!」

「○○ちゃん全然似てへんね!」

子どもって言うのはすごい素直な生き物だから。

小学校の授業参観日の後なんかは、私はこんなことをよく言われたりしていた。

一番アカンかったのはこれ。これはさすがにガキでも言いすぎやぞ。

「○○ちゃんのお母さんって、○○ちゃんの本当のお母さん?」

 

父は、本来なら、あまり家庭を持ちたがるようなタイプではなかった。

けれどもいろいろあって、母と一緒になり、子どもが生まれた。

そのうちのひとりが私なわけだが、年齢を経るごとにどんどんその顔は写真の中の父に似ていく。

家庭を築くことを選んで、自分個人の望みはしまいこんで、家族のために懸命に働いて、

父は身体を壊してしまい、十数年前に亡くなった。

今から思えば、父は内心に闇を抱えていた。

けれどもそれを「他人」…家族や親類以外には決して見せようとはせず、

職場や友人づきあいでは、一貫して明るく親しみやすい面を努力して作り続けていた。

だから身体が壊れたのだ。

成人してだいぶ経った私は、今ならそうわかる。

私も闇を抱えているのだろうか?

 

父に生き写しの私の顔は、決して美しくもかわいくもない。

けれども、黙っていれば知性と意志の強さがにじみ出るようなこの顔の雰囲気は、嫌いではない。

年齢を経るごとにどんどんその顔は写真の中の父に似ていく。

私は整形はしないと決めている。

自分の亡き夫と同じ表情をした娘がそれを傷つけた時、母が打ちのめされてしまうことを予見しているからだ。

アンバランスなこの顔のパーツの配置も、私は否定したくない。

できれば、それを活かして、綺麗になれないか…と考えているのだ。

その方が、私は誰も恨まないでいられる。まっすぐでいられる。

この顔に生まれついた自分の不運も、

そっくりそのまま私に受け継がれた父の顔の遺伝子発現も、

その整った顔立ちを私に与えてくれなかった母の遺伝子も、

恨まずにまっすぐにいられると思うのだ。

そして、私はそうありたい。

(ただ、太りすぎのせいで目立つ顔の丸さは、ダイエットとマッサージで何とかしたいけど!)

 

「暁の喪女」は、整形はしないと決めている。

そうじゃない方法で、自分なりに奇麗になってみたい。

 

 

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