「暁の喪女」はあがき倒す。

30代後半喪女があがき倒しながら今日も生きている記録。

「暁の喪女」を殺そうとするのは、虚無感だ。

「暁の喪女」を殺そうとするのは、虚無感だ。

いつしかこころに住み着いた虚無感が、やがて私を自死へと導くだろう。

 

私はそれなりに世界を愛しているし、
周りの人々を愛しているし、
その愛を親切にするという形で示しているつもりだ。

 

けれど、だからといって私が愛されるというわけではない。
前にも書いたような気がするが、私は「いたら便利」な存在だ。
「いたら便利」っていうのは、愛ではない。
それは、利便性だ。

 

周りの人に愛想よくして、いっぱい笑って、明るくして、
仕事手伝って、目立たない雑務もやって、

 

でも、だからといって、私を愛してもらえるわけではない。
いれば便利、いなくても別にまあ問題ない、みたいな存在だ。

 

虚無感が、だから、煽ってくる。
「お前が死んでも周りはどうともしないぜ」

 

虚無感が私に言う。
「あんなにがんばって資格を取って、就職して、
でも、顧客にも失礼で、仕事もできないジジイババアがお前の倍の給料を取る。
汚れ仕事をやらされて、女子トイレで血の混じったゲロを吐いて、

お前の一番いい20代は終わった。
誰にも愛されないまま」

 

虚無感が私に言う。
「そして、もうお前は30代も終わり。
まともに恋心が動いたと思っても、このザマだ。

 

何でまだ生きてるの?
もうとっくに死んでなきゃあいけないのに。

 

何でまだ生きてるの?
もうとっくに死んでなきゃあいけないのに」

 


ほんと。 何でまだ生きてるの?
もうとっくに死んでなきゃあいけないのに。

 


私は活動を毎日に詰め込む。
仕事も趣味もやってみたいことも。
何かに集中しているときは、虚無感の声は聞こえないから。

 

けれど、一日中ずっとその状態じゃいられない。
一休みして、ほっと息をついた時。
そういう時に、
虚無感は「もう生きてても仕方ないだろ?」と言ってくる。

 


それに完全同意した日が私の死ぬ日だ。

 

 

「暁の喪女」を殺そうとするのは、虚無感だ。

虚無感が私の精神に住み着いてから、もう十数年過ぎてしまった。

 

 

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